ネッツトヨタ横浜ロゴ

リピーター続出の和菓子と地域の人々に寄り添う温かさが魅力「新岩城菓子舗」

リピーター続出の和菓子と地域の人々に寄り添う温かさが魅力「新岩城菓子舗」

新岩城菓子舗は、川崎駅から徒歩10分少々の、昔ながらの街並みが残る栄通りに位置する和菓子店です。昭和6年創業の老舗と聞くと敷居が高そうに思えますが、店内は親しみやすくあたたかい雰囲気で、明るい女将さんが声をかけてくれるのも、多くの人に愛される理由となっています。そんな新岩城菓子舗の女将、徳植由美子さんにお話を聞きました。

こだわりの農家から仕入れたいちごで作る「ジャンボいちご大福」

こだわりの農家から仕入れたいちごで作る「ジャンボいちご大福」-店に入ってまず、「ジャンボいちご大福」が目を引きますね。

徳植さん「幸区の農家さんから仕入れている「ジャンボいちご」を使って作っているんです。本当に大きないちごで、大福はソフトボールくらいの大きさになります。 畑までいちごを取りに行って仕入れているんですが、しっかり完熟してから収穫したいちごなので甘さが全然違いますよ。こだわりのある農家さんで、7種類のあんこを作って試行錯誤した結果、晴れて合格をもらって商品化できました。 いちごの大きさによって値段が上がっていくんですが、大きくて値段の高い方から売れていきます。

ネッツトヨタ横浜STYLES | 川崎新岩城いちご大福比較画像 今はいちごが出始めの時期(※取材当時:12月)だから、これでもまだ小さくて500円、600円だけれど、800円くらいになる時もあります。テレビの取材が入ったりしたこともあって、今はインターネットの口コミを見て買いに来てくれる人も多いですね。
いちごのシーズンが終わると同じ農家さんから仕入れたトマトで、トマト大福を作ります。こちらも人気ですよ。」

-試食させてもらいましたが、いちごとあんこの甘み、お餅のやわらかさのバランスが絶妙ですね!こんなに大きないちご大福は見たことがありませんが、味も他にはない美味しさです。
それとこちらの「朝どら」というのは、「朝焼きどら焼き」の略なんですね。

徳植さん「10年ほど前から、その日に販売するどら焼きはその日の朝に毎日焼くことに決めたんです。それまでは冷凍保存して売っていたんですが、ある勉強会に出た時に、大阪の有名なお店の社長さんから「冷凍なんかしちゃだめだ」と怒られてしまって。それから毎朝焼くことにして、少しずつ口コミで「おいしい」と広めてもらえるようになりました。」

ネッツトヨタ横浜STYLES | 川崎新岩城川崎ポテト -そのほかにおすすめの商品はありますか?

徳植さん「大人気なのは、「川崎ポテト」ですね。スイートポテトでクリームチーズを包んだオリジナル商品です。ある会社の講演会で、お茶菓子として注文してくださったんですが、そこで食べた方が店に買いに来てくださって。その方は大宮の方だったんですが、その後も時々、わざわざ川崎まで足を運んで買いに来てくださっています。そういう反応があると感動しますね。
他には、神奈川県で開発された柑橘類「湘南ゴールド」を使ったわらびもちや、豆乳で作ったカステラ「川崎とうふ」が人気です。」

祖父の意志を継ぎ、家族で作り上げてきた「時の味」

祖父の意志を継ぎ、家族で作り上げてきた「時の味」-新岩城菓子舗さんは、創業86年という老舗なんですよね。

徳植さん「はい、昭和6年に私の祖父にあたる徳植三郎が創業しました。私の父が2代目、その娘の私が3代目となり、今は息子が4代目を継いでくれています。初代は旧東海道の川崎宿近くにあった「新岩城」で修業をして、のれん分けされてこの地域で開業したのですが、最初の店は空襲で焼けてしまい、戦後しばらくはリヤカーに大福を積んで売っていたこともあるそうです。2代目は父が継いだのですが、その父が若年性アルツハイマー病になってしまい、その時私が継ぐことを決意しました。1999年のことです。」

-店を継ぐことにした決め手はなんだったのでしょうか。

徳植さん「このままでは店が無くなってしまうと思った時に、それはとても嫌だと思ったんです。ここは自分が育った店でしたから。
でも私はお菓子の修業経験はまったくなくて、祖父に聞きながら、主婦雑誌なども参考にしたり、講習会に行ったりしてなんとか作っていました。それでも、受験シーズンに「サクラサク合格まんじゅう」とか名付けて、桜の花びらをつけたまんじゅうを出したりすると、それだけでお客さんが喜んでくれるんですよ。今までにないものを出した時のお客様の反応がすごくうれしくて、やりがいを感じ始めました。2000年には主人も仕事をやめて、店を一緒にやってくれるようになりました」

-それから息子さんが4代目を継がれることになったんですね。

徳植さん「祖父が94歳、息子が成人式を迎えたばかりの頃だったんですが、祖父と息子と私、たまたま3人で話をする機会があったんです。その時に祖父が、息子に「勉強は学校だけじゃないぞ。他にもいろんなことを勉強するんだぞ」「おじいちゃんは昔リヤカー引いて大福売ってたけど、楽しかったなあ」と話していました。そんな話をして寝て、次の日の朝に亡くなったんです。
それで、息子が店を継ぐと決心して大学を中退したんです。でも私も主人もきちんとお菓子の勉強をしていないので、やるんだったら表に出て勉強しなさいと、他の店に修業に出しました。その修業先のお店で、息子は今の嫁と出会いました。彼女は夜間の製菓学校に行きながら、昼間はその店でアルバイトをしていたんです。修業が明けてこの店に帰ってきた時には、彼女もすごく力になってくれました。」

-今の目玉商品は、その時から生み出されたものなんですね。

徳植さん「息子と嫁が、自信を持って美味しいと言えるお菓子を作っていってくれました。それから、菓子のパッケージやホームページを作ってくれたデザイナーさんとの出会いも大きかったです。たまたま息子の友達が知り合いで、頼んでくれたそうです。

ネッツトヨタ横浜STYLES | 川崎新岩城時の味包装紙 最初にデザイナーさんに会った時に、今までのいきさつや私の思いを話したら、「時の味」というコンセプトを考えてくれました。これまでも時代の変化とともにあった店であり、お客様のそばにずっと寄り添える店でありたいという思いを込めたコンセプトです。」

子どもたちのほっとできる場所、地域を元気にする商店でありたい

子どもたちのほっとできる場所、地域を元気にする商店でありたい-地域の人たちとの関わりも大切にされているそうですね。

徳植さん「いま幸区の元気なお店が集まって、商店街を越えた「ハッピーサークル」というグループで活動しているんです。近年、大型ショッピングモールができて、ここの商店街のお店もほとんどがなくなってしまいました。そんな中でも、街をなんとか元気にしたいという気持ちが集まって、「しあわせ祭り」というお祭りをやったり、ハロウィンパレードをやったりしています。
今年の6月には、警察署から「免許証を返納したお年寄り向けのサービスを何かやってもらえませんか」と相談されて、「元気ツアー」を企画しました。今までの事例を聞いたら、遺影の写真の割引とか、お葬式のお花の割引とか言うので、それではお年寄りが元気にならないんじゃないかとみんなで話し合って、「車を使わず歩いて回ってもこんな素敵なお店があるよ」、という企画にしました。いろいろなお店で試食などをしてもらいながら、2時間くらいかけて街を回るんです。参加したお年寄りのみなさんも、すごく感動してくださいました。」

-地域の商店同士で協力し合って街を盛り上げているんですね。

徳植さん「私はこの商店街で、街の人たちの中で育ってきたので、子どもたちもそうやって育ててあげたいし、お年寄りも守ってあげたいと思うんです。街の衰退を見ていると、やっぱり商店が頑張らなきゃいけないな、と思います。 近くの小学校からの体験学習も受け入れていて、その子たちが中学生くらいになっても、ここを通ると挨拶してくれたり、就職したらそのお給料で家族への手土産を買っていってくれたりします。
店内に自由にお茶を飲めるスペースを用意していて、お茶を飲みにだけ立ち寄っていく子もいます。かけもちで塾に通っている子が、終わったらここに寄ってお茶を飲んで、また次の塾に行ったりとかね。コンビニでお昼ごはんを買ってここで食べていく子もいます。ほっとする場所がほしいんだなって思うんです。 もちろんお菓子も大切だけれど、和菓子屋というだけでなく、人とのコミュニケーションの場や、心のよりどころでありたいな、と思っています。」

取材中も、店には絶えずお客さんが訪れて、その一人ひとりと親し気に世間話などをしながら接客する女将さんの姿が印象的でした。地域の人々の心の拠り所になっているお店と女将さんの温かさ、そして真心のこもった優しい味のお菓子の数々。ぜひ一度来店して味わってみてはいかがでしょう。

川崎、新岩城菓子舗の女将、徳植由美子さん

Profile

川崎、新岩城菓子舗の女将、徳植由美子さん

昭和6年創業の老舗菓子舗、新岩城三代目女将。毎朝手作りの和菓子が評判のお店。
幸区の元気なお店が集まり、商店街を越えた「ハッピーサークル」代表も兼任。

今回ご紹介したお店はこちら

川崎の和菓子屋新岩城菓子舗
詳しくはこちら

関連記事

TOYOTAの世界戦略SUV CHR Arecrit_bnrネッツトヨタ横浜 採用情報2019